俺たちのフィールド (2000.1.19)〔w〕
作 者 村枝賢一
連 載 小学館『週刊少年サンデー』
単行本 小学館少年サンデーコミックス[全34巻]
小学館少年サンデーコミックスワイド版[全17巻]
【外伝】小学館少年サンデーコミックス[1巻]
小学館少年サンデーコミックスワイド版[1巻]
ストーリー  実業団サッカーチームヤマキ自工のベテラン人気プレイヤー高杉貫一は、息子和也に天皇カップで「空を飛ぶシュート」を打つことを約束する。約束の試合で貫一は見事バイシクルシュートを決めるが、ファウルを取られ結局ノーゴールとなってしまった。帰り道、向かいの愛子が男に包丁を突きつけられているところ、貫一は今度は見事バイシクルシュートを決め愛子を助けた。しかし、翌日和也と愛子のクラスに転校してきたのは包丁を突きつけてきた男の息子、騎馬拓馬だった……。
設 定  ストーリー漫画にはなんらかの「不具合」が不可欠といわれるが、多分にもれずこの作品も、父貫一の死という形でそれを成立させている。しかし、この作品が本当に優れている点は、そこからさらに貫一に助けられた少年(末次)を2次(3次?)利用しているところだ。従来のストーリー漫画ではたとえ自らを犠牲にして子供を助けたキャラクターがいたとしてもその後の助けた子供に対するアプローチはまず見られなかった。後の末次のポジショニングを考えるとかなり効果的だったといえる。
 もちろん”才能”の代表である和也と”努力”の代表である騎馬との対比も面白い。彼らの性格の違いもさることながら、プレースタイルや境遇(和也は父親を失い、騎馬は母親を失っている)の相違なども比較してみると実に興味深いところだ。これにタクローというアクセントと愛子というサポート、末次という裏話、さらにダミアンというライバルを加えて基本的なストーリーは進行するが、あくまで重厚な骨格を固めた上で様々な要素を付加している。個性的なキャラクターも情熱的なストーリーも基本がしっかりしているからこそ効果を発揮しているのだ。
シナリオ  全体を通して極めてレベルが高いのだが、象徴的なのは石川がヤマキチームの身売りをマスコミに発表するシーンである。このシーンは中盤のハイライトでもあるのだが、このときの視点の移り変わりが面白い。主に選手、サポーター、さらにオーナーサイドと3種類の立場からのアプローチがあるが、キャプテン石川の状況をマスコミ、心境を騎馬に、社長の状況をヤマキ食品社長、心境を娘の玉緒に、さらに高杉は自分自身で語らせるなど様々な視点からそれを斬っていく。ただ漫然とヤマキというチームを追いかけているように見えて、実はチームに関わる様々な人々を複数のアングルで見せており、これによって限りないリアリティを持ったストーリーが生まれた。伏線という小細工はいらない、真っ正面からの勝負で見事成果を出したその大胆でソウルフルな作者の手腕には敬意を表したい。
 このベースラインが非常に高いストーリーに、一種独特の味のある「セリフ」が色を添える。この「セリフ」は主人公などフィールドプレイヤーにのみ許される物ではない。選手以外にも寮長尾瀬、ヤマキ社長、鹿野監督などソウルとスピリットをもったキャラクターたちの口から惜しみなく飛び出す。一種独特の”照れ”の表現(これこそが作者の最大の持ち味かも知れない)も相まって、まるで生きているかのような迫力と魂のこもった会話が繰り広げられるのだ。その他にもモロ岡を登場させることでおざなりになりがちな実況のリアリティを高め(実況の内容も同様)、方言を駆使することによってキャラクターの確立をスムーズにするなどハイクオリティなテクニックは数多い。
キャラクター  主人公を中心に追いかけてきたストーリー漫画にしては魅力あふれる脇役が多い。もちろんそれは後にリザーブ・ドッグズに加わるメンバーに支えられている部分が強いが、彼らの多くは幼い頃から登場しており(騎馬・タクロー・末次・槌矢など)長編ドラマの特性が上手くいかされている格好だ。彼ら以外にも魅力的なキャラクターはストーリーの上手さとの相乗効果によるものが多く、石川は貫一とのつながりがあった上でのポジショニングであるし、上土井などは見せ場が一瞬しかないのが逆にリアルだ。キャラクターの使い捨てや再登場のタイミングも上手く、必要なキャラクターは再登場させ不必要なキャラは二度と出てこない。例えば高校の仲間として騎馬が登場しているため他のキャラクターは以後ほとんど登場しないが、特別扱いの騎馬・タクロー・ニークをのぞいたバンディッツのメンバーが全く登場しなくなってしまうことでJリーグ昇格までのヤマキのストーリーが無駄になってしまうのを防ぐために桜庭を代表メンバーに加えた。バンディッツから騎馬・タクローが抜けた後の新戦力も中途半端なキャラクターを新しく登場させて説明のロスを生むことのないように助っ人外国人を加え(ニークをのぞく)、半ば忘れかけていたダミアンは最強のライバルとして戻ってくる。高校時代のライバルなど後半にはかけらも出てこないものもおり(郷間・松戸屋など)、その手法は徹底している。
 もちろんキャラクターそのもののセンスも際だっている。もちろんそれが最もよく表れているのがリザーブ・ドッグズで、タクロー・槌矢は言うに及ばず、かおる・濱田・国分などはキャラクターのわかりやすさの面でかなりキャッチーだ。彼らに対して、騎馬や尼崎、槌矢といった理論派、技巧派もちゃんと存在しており、ここにも作者のバランス感覚の良さが表れている。さらにビジュアル面でもディフォルメの活用でより生き生きとしたキャラクターに仕上げられているが、これら個性的なキャラクターとの対比として堅実で現実的なキャラクターも多数登場しており(旧日本代表・本条高のメンバーなど)、レベルが高い。小道具の利用も巧みで(「納豆巻き」が付いてこない和也の母やカメラを持たないあきらなど想像できるだろうか)、壮大なストーリーに見合ったキャスティングになっている。
グラフィック  とても精錬されているとは云えない絵柄だが、その絵が生み出す迫力は一級品だ。動作線、スピード線の書き込み量は半端なものではないのだが、時にスピード線がカット一面に描かれていても決して画面全体が黒ずみ、暗く見えてしまうといったことがない。大胆な構図も効果的で、見開きを生かした大割も枠線を無視した挿入カットも違和感を覚える物ではない。むしろ少年漫画らしい勢いのあるストーリー作りを上手くフォローしていた。
 一般的にスポーツ漫画の中でも、サッカー漫画はそのボール移動の早さ故にスピード感を表現するのが特に難しいといわれる。この作品は前述したスピード線の多用とともに、あえて人物を制止させる(もしくはスロー移動させる)ことによってそれを表現した。これはもちろん比較対象を作ることによって動作の大きさを見せているわけだが、その対象は人物から背景(ゴールポストなど)まで多種多様だ。これを移り変わりの激しいカット割りの中で端的な部分をピックアップしながら大写しする。さらにこれらの表現は連載途中に徐々に登場してきたわけではなく、連載当初から続けているところがすばらしい。ハイレベルな技法を作品全体に渡って表現したことで、クオリティの高さを証明しているのだ。
 一方で粗野なイメージのあるキャラクターグラフィックに対し、背景の画像はなかなか精錬されている。特別目を引くものではないのだが、意外に堅実な絵柄に新鮮味を感じた。もちろん絵全体のトータルバランスが悪くなっているわけではないし、細かい点(シルエット画など)に独特の魅力も感じられ、まずまず評価できる物に仕上がっていると云えるだろう。
装 丁  表裏、袖まで全体的にカバー表紙はオーソドックス。その中で背表紙だけが妙に新鮮だ。右側3分の1ほどのスペースにかかっている序列のないカラー線が白いベースカラーと相まって妙に清潔感を生んでいる。表表紙、裏表紙とも共通するタイトルロゴも精錬された印象を与えており、何よりバランスを重要視した姿勢が伺えて気持ちいい。
 カラーの色使いもいい。表と裏はリアルなタッチで、両袖はラフなタッチで描かれているが、それぞれ画材も使い分けているようで作者のこだわりが感じられた。特にカラーにすると光の使い方が上手く、雪や吐く息、時間帯による色使いなど技術的なレベルが高い。
余 談  小学生の頃、実業団ヤマハ発動機のファンだった。そんな私にとって、ジュビロ磐田の「Jリーグ昇格」と「ステージ初優勝」は、それこそ日本代表のW杯初出場と同じくらい嬉しいものだった。それこそ、作中で伊武が言う「Jリーグ昇格ごとき」に夢を賭けるものの1人であった。
 Jリーグ昇格をかけるナビスコカップ決勝、ヴェルディ川崎との一戦。和也の友人たちによって広げられた巨大なJリーグのフラッグ。私の頭の中には、この場面でいつも決まった曲が鳴り響く。もはや世間では忘れかけられた「Jリーグのテーマ」は、1993年には羨望や嫉妬に似た感情を抱かせつつも、憧れを抱かざるを得なかった、荘厳で爽快なインストゥルメンタルだった。そしてこの曲が頭を駆けめぐると、まるで自分が国立競技場のピッチに立ち、敬虔な気持ちでフラッグを見つめる選手の気持ちになったかのような気分を味わえるのである。
 だが、日本人として日本代表を応援する立場として、団長や尾俣といった熱狂的なサポーターの気持ちもまた、非常によくわかる。日韓W杯も、日本代表を熱心に応援したい。しかし、彼らのような日本代表に声援を送るキャラクター以上に、石川や寮長の尾瀬といった、実業団時代やJリーグの創成期を支えてきたようなキャラクターに対して、どうしても特別なものを感じてしまうのだ。時が過ぎ、発足当時の熱気はすっかり失われてしまったJリーグだが、彼らのようにまだメジャーでない頃から日本サッカーの底辺を支え続けてきた人たちは、もちろん現実の世界にも存在する。
 日本代表が見事W杯初出場を決め、バンディッツ寮に凱旋した和也と桜場に対し、寮長の尾瀬が2人の腕を掴み、涙を流す。私にとってこのシーンは、紛うことなくこの作品のクライマックスだ。彼のこれまでの苦労、重ねられた想いを想像するにつけ、思わず目頭に熱いものを感じてしまうのだ。
 例えばW杯出場を決めたサウジ戦の歓喜の姿であり、W杯でアルゼンチンを下した場面を、この作品のクライマックスとする考えに対して、私には全く異論がない。しかし、W杯出場が当たり前とされ、国内を飛び出して海外の一流クラブチームで活躍するトッププレイヤーと少しも遜色ない、彼らのサッカーへの熱い情熱を、私は忘れたくない。そして、この作品はそれを思い出させてくれる、数少ない貴重なサッカー漫画なのだ。