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みかん・絵日記 (2000.3.15)〔w〕 |
| 作 者 |
安孫子三和 |
| 連 載 |
白泉社『LaLa』『メロディ』 |
| 単行本 |
白泉社花とゆめコミックス[全14巻]
白泉社文庫[全6巻]
【みかん・絵日記 特別編】
白泉社花とゆめコミックス[続刊中] |
| ストーリー |
なついてしまったオレンジ色の猫を草凪吐夢は家に連れ帰る。妙に礼儀正しいその猫を吐夢は「みかん」と名付け、家で飼うことになるが、「みかん」はちょっと変わった行動の多い猫だった。そして吐夢は、夜中に酒を飲みながら人間の言葉を話しているみかんを見つけてしまう…… |
| 設 定 |
「しゃべる猫」という設定は確かに奇抜だが、それだけで読者を引きつけられるほど珍しいものだとは思わない。多種多様の舞台設定が溢れ帰る現在ではこの程度の目新しさでは、読者に強力なインパクトを与えることはできないはずだ。しかしこの作品が優れているのは、濃密なストーリーやポジティブな雰囲気によって、奇抜な設定が最大限に活用されている点である。一話完結方式にすることで余分な話を省き、アップテンポな展開で読者にスムーズな読み応えを提供し、幅広いキャラクターがそれらをフォローする。インパクトだけの浅薄な作品という評価になりがちな強力な舞台設定をトータルバランスの良さで見事にフォローした。
また、この作品のもう一つの注目点は一時連載が終了し、後日再び再会した点である。続編としてではなく、あえて同じ作品として再開することができたのは連続したストーリーではなかったからだが、みかんからみかんとこりんごの物語になったことでよりストーリーに幅が出た。もちろん連続して連載してもらえていればなお良かったのだが、こういった事件めいたことがあった割には非常によくまとまっていると思う。 |
| シナリオ |
「吐夢と不思議な猫」というタイトルで読切として発表された冒頭部分を別にすれば、基本的に明るいコメディとしてまとまっている。前にも述べたように一話完結方式で構成されているため、必然的にエピソードの積み重ねという形でストーリーは進んでいく。
注目したいのは、あくまで主人公は吐夢ではなく、みかんであるという点である。みかんが人間と猫の双方とコミュニケーションがとれるため、人間側の人物関係を描くエピソードと猫の間(時に犬も)での関係を表現した話が入り交じっているが、二元世界を同時に、違和感無く進行できているところが素晴らしい。人間社会では吐夢が中心的に活躍し、反対に猫世界のストーリーには吐夢はほとんど加味しない。しかしみかんのキャラクター性を十分に生かし切るため、あえて吐夢を一段引いた位置に置いたことは大成功であったといえるだろう。
いったん中断を挟むことで二部制のような形になってしまったが、実際の所こりんごが登場してからのストーリーにはかなり魅力を感じる。絵柄的にもシナリオ的にもかなり内容がこなれてきているし、何より幅が大きく広がったキャラクターが何とも魅力的だ。猫のグループ、縄張りといった漠然としたイメージしか持ちにくいものを(たとえ間違っていたイメージであったとしても)具体的に表現した功績は大きいと思うし、人情的なストーリーは動物に対する親近感を与えてくれる。奨励する気はないが、結果的に二部構成的になってしまったことに対して特に問題も感じなかった。 |
| キャラクター |
人間側、猫側双方ともなかなか多彩なキャラクターがそろっている。もちろんアクの強い強烈なキャラクターは存在しないが、明確な制作設定によって非常にストレスの少ないものに仕上がった。人間も猫もあくまで「いい人(猫)」が主体で、愛想のない人物もイタズラ好きの猫も全て基本的に善意に基づいている。その上で抽象的に描かれる外部の「悪い人(猫)」や互いに思い合ってもどうしようもない事件を上手くドラマにした。当然迫力や切迫感のある展開はないが、なかなか奥深くシリアスな問題も数多く提示されている。表面的には目立たないが、実は非常に奥深いストーリーが多い。
また平坦なようで、結構意外性を持たせた展開が目立つのも面白い。稲垣センセや世良、ももじなどは言うに及ばず、みかんの初恋相手のみーなさん、看護婦のかおるさんなどはかなりインパクトがある。一般的で現実世界ともそう開きの無い比較的地味なキャラクターが多いため、少ない色づけで大きな効果を作り出し、キャラクターが映えたという典型的な例だろう。 |
| グラフィック |
猫の描画が次第にこなれていくのに対して人間の方はそれほど変化していかない。特に人間に太い線を使用することは少なく、それだけ猫の描き方に気を使っているのかも知れない。目の描き方などはかなり独特の表現なのだが、それほど工夫のない背景や構図など一般的な少女マンガのレベルに落ち着いた格好だ。力強さなどさらさら感じない描線は好みの分かれるところか。 |
| 装 丁 |
基本的にオーソドックスだが、連載が一時中断する以前と以後では腹帯の色が違う。何の意図があってかはわからないが、やや紛らわしい。表表紙の絵は巻を追うごとに洗練されていき、コミカルなものとちょっと綺麗に描かれたみかんが対照的で面白かった。
やや疑問を感じるのは、巻末にいちいち読切作品がくっついてくることである。これは少女マンガ全体に見られる傾向でこの作品に限ったことではないのだが、さすがに毎巻のようにそれが付いてくるとややうんざりする。あくまで読者は「みかん・絵日記」というタイトルをみて単行本を手にする訳で、特に内容を確認せず(あるいはカバー等で確認できず)表紙やタイトルのイメージだけで購入した人は、相当のページ数が表題作以外のものでしめられていることを確認したとき、それなりのショックを受けるはずだ。読切や短編はそれぞれ別に単行本として出版すればいいわけで、「おまけ」のようで実はそうでない、理不尽なやり方はそろそろやめていただきたいものだ。 |
| 余 談 |
尻尾がちぎれたり、耳がかけている野良猫を街中で見るたびに、大都会の中で野生の動物として生き抜く難しさをつくづく感じさせられる。人間の尺度でものを測れば必然的に、彼らに同情する声は無駄だという結論になる。しかしながら彼らはそもそも人間が作り出した社会の被害者だという考え方もある。どちらの意見に与するつもりもないが、ただもう彼らの姿を見ていると、単純に可哀想でならない。
バイト先の駐車場にあるフェンスの裏側で、野良猫が3匹の子供を生んだ。せめて雨露は凌げるようにと段ボールで囲いを作り、わずかばかりのネコ缶と皿に注いだ水道水を置いては見たものの、もちろん彼女たちを根本的な形で救ってあげることはできない。都会のアパート暮らしはペットを飼うことができず、だからといって他人の所有地である場所に勝手に住み着かせていいものでもない。やがて3匹の子猫は、それでもなんとか空き缶大の大きさまで成長したのだが、顔と背が黒く、腹が白い1匹は次第に他の2匹から後れをとるようになる。
数日経って、怪我をしたのか体調が悪いのか、明らかに様子のおかしくなった黒白をともかく奥から連れ出そうとしてみたが、怖がってかビルの隙間の奥の方へよたよた入ってしまったきり出てこない。その場は仕方なく諦め、2・3日してもう一度様子を見てみると、そこには既に冷たくなった黒い背中が横たわっていた。埋葬しようにも、サスファルとで覆われた都心の駐車場には掘り返す土もなく、仕方なく手を合わせ、ボロボロになった段ボールを掛けて置いた。
我々は人間側の都合と動物を慈しむ気持ちとの間で葛藤する場面に少なからず遭遇する。動物園の是非や環境保護の問題など、より重大な例として議論されるケースもあるが、大抵の場合は心の奥で秘かに感情を抑えるほかない。人間が他の動物の言葉や感情を理解することができない以上、動物のことを慈しみ、またその立場に配慮することは、生き物としての責務だ。この作品はそういった葛藤に対して、一つの判断基準を提示してくれた。動物の事を気遣った上で、できる限りのことを行えばいい。そして我々は、残念ながらそれ以上のことはできないのだ。
生き残った2匹の茶虎はちぎれた尻尾と欠けた耳で、世知辛い世の中と必死で闘い、生き抜いている。日増しに増えるキズを背中に抱え、アスファルトの濁った水たまりで喉を潤す姿を見るたび、いつも億劫に歩いていた黒白の子猫の姿が脳裏をかすめる。 |