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夏子の酒 (2000.4.12)〔w〕 |
| 作 者 |
尾瀬あきら |
| 連 載 |
講談社『週刊モーニング』 |
| 単行本 |
講談社モーニングコミックス[全12巻]
講談社漫画文庫[全12巻]
講談社モーニングコミックスデラックス[全6巻]
【新装版】講談社漫画文庫[全6巻] |
| ストーリー |
広告代理店のコピーライター、佐伯夏子の実家は新潟で日本酒の蔵元をやっている。突然倒れた兄を見舞い、とんぼ返りで東京に帰った夏子を待っていたのは、兵庫の大酒造メーカーのコピー作りという、初めての大きなプレゼンテーションだった。商品の実像とコピーの表現のあまりの差異に悩む夏子に、兄康男死去の報が届く……。 |
| 設 定 |
平凡といえば平凡なのかも知れない。地方の農村を舞台に、比較的地味なキャラクターたちが繰り広げるストーリーには、目新しいものを感じることはない。しかし斬新さはないものの、密度の非常に濃い内容は読者を惹きつけてやまない。まず、新潟県の農村にある酒蔵を舞台に設定した事が実に渋い。通好みの設定だが、内容面でマニアックな色を徹底的に排除し、知的な要素もわかりやすく説明したことでとっつきにくさは極限まで抑えられている。そもそも日本酒自体があまり若者には好かれないものなのだが、キャラクターの真摯な姿勢はストーリーのみならず、日本酒に対する読者の意識をも変革させるのに十分な影響力を持っているのだ。多少ネームが長い印象を持つかも知れないが、これもストーリーを構成するための必要部分だけを厳選したものになっていて、質的な部分から見ても申し分ない。
さらに作品全体をもり立てるのが絶妙のネーミングセンス。巻末に説明があるように、佐伯酒造、内海酒造、黒岩酒造などが製造する銘柄などを除けば、ほとんどが実在する銘柄だが、これらはほとんどストーリー自体には影響しない。問題はその実際に作品のキーとなっている酒の名前だが、これがもう見事としか言いようのない絶妙のリアリティを醸し出している。もちろんその最たるものが「康龍」なのだが、堅実にいい酒を作り続けてきた「月の露」、「美泉」を廉価で販売した「芳泉」など、いずれもネーミングで上手く雰囲気を作り上げている。 |
| シナリオ |
いきなり冒頭で強烈なインパクトを与える、兄康男の死によって物語の全てが構成されるが、そのことで主人公夏子の目的が非常に明確になった。最高の酒を造る、その一点に向けて全てのイベント、エピソードが構成され、さらにそれぞれがどれも高いレベルで築きあげられている。結果的に始まりは兄康男、終わりは杜氏山田といずれも酒造りに情熱を燃やした二人の死でまとめられたが、これで全てのエピソードを完全に消化し、中途半端なままで終わることがなかったのは評価されていい。稀にみる見事な構成力であるといえよう。
枚挙に暇がないが、あえて細かいレベルでの長所を挙げてみると、例えば夏子が蔵のみんな(じっちゃん・草壁を除く)に信頼されることを表現するために、内海とホテルで会ってからの頑張り、利き酒での袋香からの異臭の発見、蔵での様々な会話など2重3重の網を張り、さらにじっちゃんや和子などのセリフから間接的にも表現している。一方、草壁が蔵のみんなの信頼を得るようにするためにはかなり以前から伏線を張っていて、夏子の方と対照してみると非常に面白い。まさに変幻自在、あらゆるテクニックを駆使して迫ってくるその迫力に圧倒されてしまいそうだ。
ただ一つ気になることと云えば、夏子が行っていたはずの「専務業」。お姉さんに云わせれば「大忙し」だったらしいが、龍錦を育てている以外に何をやっていたのかエピソードが欠片も出てこない。重箱の隅をつつくようなレベルの注文だが、完璧を求める読者であれば気づくものもいるはずだ。 |
| キャラクター |
バランス感覚は見事。全てのキャラクターが出過ぎもせず、出足りないこともなく、その個性を十分に生かしきっている。批判があるとすれば主人公、夏子のやや常軌を逸した感のある酒造りへの激しい情熱だろうが、これも脇役を上手く絡めることでクセを和らげる工夫をしている。隣の吉田さんが「命より酒が大事」と夏子に云うシーンは、夏子のやや偏った考え方に全く正反対の極論をぶつけることによって、前者のクセを上手く相殺させて見せている。吉田さんのセリフがあまりに偏りすぎた考えであるため、夏子の考え方のほうがまだ正当性があるように読者には感じられるのである。さらにそのセリフを言ったのが従来からの龍錦栽培の支持者であること、またこの後夏子に詫びを入れることなどよりストーリーをダイナミックにする工夫が二重三重に凝らされているのである。
関わり方だけではなく、脇役の個性そのものにも注目したい。それも内海や黒岩慎吾、豪田などの「目立つ」脇役だけではなく、先述の吉田さんや夏子の父、蔵人など、いることさえ忘れてしまいそうな比較的存在感の薄いキャラクターまでが、実に念入りに描かれているのだ。時には苦悩を浮かべ、時には前時代的なセリフを吐く社長を見ると、実際の父親と大差のない、非常に現実味のあるキャラクターが出来上がっていることに驚いてしまう。 |
| グラフィック |
少年誌の絵ではないが、劇画に代表される一般成人向けの絵でもない。丁寧で繊細で、万人受けする無難な絵柄はこの作品に置いて強力な武器になった。背景も木目が多い建物や内装、細かい技術が要求される田畑や農作物、明暗のバランスが難しい倉内の風景などどれも素晴らしい出来映えだが、なかでも特に注目したいのは「酒」の描写。ラストで草壁と夏子が酒量対決をする場面などは、一升瓶からぐい飲みに注がれる「月の露」が実際に目の前にあるかのような錯覚さえ覚えるほどだ。湯気や雪、泡の描き方やここ一番というときに使われる集中線、効果的なアングルに支えられた構図など、テクニックの粋を集めた最上級の表現が行われている。
また、ネームの面ではキャラクターの個性をうまく生かし切ったリアリティあふれるセリフが楽しめる。方言を完全に払拭している点には気になる人もいるかと思うが、これは読み手個人個人の好みの問題であろうから特に批判材料には当たらないだろう。ほとんどスキのない上質なネームは優秀なストーリーやキャラクターメイキングと相まって非常に効果的なものに仕上がった。 |
| 装 丁 |
表表紙や裏表紙の絵はまずまずの出来で特に違和感も感じない。シンプルな装丁もまあ仕方ないところだろうが、タイトルのロゴだけは何とかならなかったか。シンプルと云うよりもむしろ単純すぎて、ちょっと寂しい気がする。 |