度胸星 (2002.4.28)〔w〕
作 者 山田芳裕
連 載 小学館『ヤングサンデー』
単行本 小学館ヤングサンデーコミックス[全4巻]
ストーリー  NASAの有人火星探査船が着陸直後、ヒューストンとの交信を絶った。米国政府は世界各地から救助のための宇宙飛行士を募集する。トラック運転手の三河度胸はNASDAのクルー募集に応募するが……。
設 定  斬新かつ堅実なテーマであり、バックボーンもしっかりしている。いいテーマを選んだように感じるが、それでもやはり宇宙科学というのはあまりに実際生活からは遠い。夢やロマンをシンプルに追求する少年漫画や、あるいは専門性をより濃密にすることによって深みを出す一般向け漫画であればともかく、青年誌で現実味のない舞台を最前面に押し出すのはやや無理があるように思う。もちろん、作品を作る姿勢としては全く間違っていないし、その精神は尊重したい。しかしながら、サイエンスフィクションは大衆受けするにはあまりに融通に欠ける素材だし、それに対して何の味付けもしなかった。それを百も承知で読めるコアなファンならともかく、一般受けするにはいささか頑固に過ぎたように感じる。
シナリオ  個々のシーンの迫力が圧倒的。度胸が体験する試験は徐々に厳しく、激しい試練となり、一方で火星に留まるスチュアートはますます困窮していく。それらを描くそれぞれのディテールが精密かつ濃密で、その緊迫感はかなり上質だ。だからこそ、全体的なシナリオタッチもまとまっていた。
 それを根底から覆したのが幕の弾き方。あまりにあっけなく、消化不良な終幕に呆気にとられた読者も少なくないはずだ。綿密に張り巡らせた伏線も、盛り上がりつつあったエピソードも、全て覆水に終わってしまった。まさに「終わりよければ全て良し」を逆説的に説明した典型的な例となってしまい、実に残念だ。打ち切りであったのか、あるいは作者の意思で連載が終了したかはこの際問題ではない。トータルでこの作品を論評するときにこの点が最大の論点となり、そうなればこの作品が落第であると断じざるを得なくなってしまうことはまごうことない事実であると思う。
キャラクター  基本的にはしっかりしているのだが、細かい点をみれば手法にちぐはぐに感じる部分が少なからずある。まず、基本が青年漫画特有の「インパクト強調型」なのだが、シリアスな展開とこれがマッチしていない。筑前と度胸という対照的なキャラクターを同じ土俵の上で描いてしまっているのが最も顕著な失敗点で、いかに筑前がコミカルに振る舞おうと、どんなに度胸がシリアスに徹しようと、描き方が変わらないからインパクトが薄れてしまう。モジュールでの試験はシリアスに、減圧訓練はコミカルに流れた。これが上手く転がればシナリオそのものにメリハリが利くようになるのだが、実際はそれぞれのエピソードを単調に見せてしまった。ベースがしっかりしているだけに、残念に思う。
グラフィック  一般的な絵柄ではない。絵だけで多くの読者を惹きつけるタイプではなく、かといって一部の熱狂的なファンを獲得するタイプでもない。ある程度の数の漫画を読みこなした読者が、やっと手に取るタイプであると思う。決してそれが悪いとは云わないが、損をしていることは間違いないだろう。
 一方で、奇妙なマッチングを醸し出しているのが人物と背景の絵柄のギャップだ。非常に肉厚的な人物描画に対して、背景の建築物やテセラックなどは冷たく機械的に映るのだが、それらが妙に違和感なく同居している。実は機械的であっても微妙にタッチが変えられている背景にその妙があると思うのだが、その辺りを感じさせずに演出している技法は巧みだ。
装 丁  レベルは決して高くない。メインタイトルを立方形にしたことに何らかの意図は感じられる。だが、それから裏表紙のテセラックを想起させろというのはいささか強引に過ぎる。度胸なり筑前なり茶々なり、表紙にキャラクターを持ってきてもなんだか浮いてしまっているし、構成のテクニックもデザインのテクニックも、いずれも失敗してしまったような印象だ。
 デザイン面ではさらに顕著なミスもあり、裏表紙のテセラックの形や、また表表紙の「THE MISSION:ENTER 4」という文字の位置が1巻と他とでは違うのだが、何らかの意図があると言うよりは困ってそこに置かざるを得なかったという印象だ。背景の絵も、実はカラーの変化があるだけと安直で、もうすこしアイデアが欲しかったところ。
 また、前記と重なる点だが、わざわざ巻数を「01」「02」……としたのは、おそらく10巻を越える単行本が出版されることを想定して書かれたものであると思う。事実かどうかは別として、この辺りにも「連載打ち切り」の匂いが色濃く漂っているように、読者には見える。
余 談   漫画は映画や演劇とは違い、「音」による表現が出来ない。そのため、漫画というジャンルは常に「音」の表現方法について試行錯誤を続けていく宿命にあると思う。あるいは擬音で、あるいはフキダシの形で、あるいはネームのフォントサイズや種類で変化を付けたりと、これまでにも様々な試みが続けられてきたが、シナリオや言葉そのものの力でそれを表現することはあまり成功してこなかったように思う。
 それは小説が同様の悩みを現在でも抱え続けているのと、かなりの部分でリンクしている。しかしながら、純粋に文章のみによって表現される文学と違い、漫画の「言葉」に対する執着はかなり浅い位置にいた。理由は、単純に文字情報の量が少ないためであろう。
 しかしながら、それを脱皮するきっかけの一端がこの作品には見える。度胸が候補生試験に合格し、茶々・筑前と再開するシーンがそれだ。筑前が茶々に投げかける「茶々ちゃんっ……言いづれーなおいっ。」という一言。読者にとってはこれを読み、試しに口にしてみて、初めて「茶々ちゃん」とは確かに言いにくい言葉だ、と気付く。
 ここには小さいながらも新鮮な驚きがある。全く意識することなく過ごせるはずである「音」を、読者に意識させることができるのだ。作者にそこまでの計算があったかどうかは定かではない。ただ、精密で真摯な制作過程によって生み出されたであろうこの僥倖は、たとえそれが偶然であったとしても、評価されてしかるべきだろう。