ミスター味っ子 (2000.11.8)〔w〕
作 者 寺沢大介
連 載 講談社『週刊少年マガジン』
単行本 講談社少年マガジンコミックス[全19巻]
講談社漫画文庫[全10巻]
ストーリー  父を亡くし、母と2人で日の出食堂を切り盛りする味吉陽一の元へ、「味皇」と呼ばれる料理界の重鎮、村田源二郎が現れ……。
設 定  料理バトル漫画のはしりのような作品だったのだが、まさにこれこそが「バトル」と呼ぶに相応しい作品かも知れない。少年を主人公に据え、シンプルな純真さで料理を楽しむ様は、そのまま「戦い」のエネルギーになっている。直情的な勧善懲悪の世界ではないが、基本的な理念が善悪と工夫につながっているのが実に少年誌らしい。
シナリオ  いわゆる連続したオムニバス形式だが、毎回対決する食材の中身が違うだけで、基本的な構成は一緒である。そのため、単行本で通読するのが極めて苦痛な状態になってしまう。はっきり云えば、いつも陽一が誰かと戦っていて、その相手のバリエーションと食材とその知識だけで話を持たせているのであって、ストーリー自体にはそれほどの工夫が見られない。
 しかし、それを補って余りある効果も存在する。この作品では殆どのオムニバスが1話で完結することがない。どの対決も2話・3話と連続した複数の号を使用して構築されていて、大抵その切れ目に対決のクライマックスが置かれる。この切れ目が面白く、「肝心なところで……」というフラストレーションを増幅させている一方で、それをいくらかでも解消する注目すべき手法が隠されているのだ。
 大抵、こういった盛り上がりを2話以上続ける場合、後の方の話で前号のラストを2度繰り返し、重複させる。テレビのバラエティ番組などでよく使われる手法で、前号を見ていない読者には便利なものだが、熟読した読者には邪魔で仕方がない。また前号でそのオムニバスのオチ(この場合は料理の工夫や秘密)をあかしてしまうことが出来ず、非常に消化不良となってしまう。
 そういった難点をこの作品では見事に解決している。つまり、それぞれの料理の工夫や秘訣を複数用意し、前の号でその最大の秘訣を、次の号でそれに準ずるものを明らかにされると云う方法で、ありがちなようでなかなかないこの手法は非常に効果的だ。どのオムニバスでも使われている所は難点であるのだが、このいわば後ろ向きの工夫は作品を堕落させない、エンタテインメントとして最低限の許容量に置くための秘訣であると思う。
キャラクター  ヒロインが欠如している焦燥感は甚だしい。代替するキャラクターには陽一の母がいるのだが、次第に生前の情報があらわになる父親の存在と、年輩のキャラクターが不足している(丸井のオッサンくらい)ことによって補完し切れていない。ヒロインの欠如は恋愛関係の欠如であり、確かに女っ気のない陽一の周囲は浮いた話とは無縁だ。例え少年マンガ(しかも若年層向けの)であることを鑑みても、その寂しさは補えない。
 しかし、陽一のライバルたちは過剰なほどに豪勢だ。一馬や下仲、あるいは兵太や劉虎峰などいずれもキャラクター付がはっきりしていて解りやすい。「人助け」が異常に多いストーリーと相まって、少年マンガの王道らしい出来に仕上がったと云えるだろう。
 その中で注目したいのが中江兵太の存在。彼が云う、あるいはこの作品の主題かも知れない「素材に対する愛情と誠意」という言葉は、あるいは陽一に唯一勝ったのが兵太であることでも象徴されている。間接表現で主題を表す、なかなか味な手法であるといえよう。
グラフィック  徐々にオーバーアクションになるのが気にかかる。「旨さ」の表現をセリフ回しやカットの工夫で行わず、ただ単調にキャラクターをオーバーアクションにしたり背景に雷鳴を轟かせたりと、ありきたりで通俗的な手法が徐々に目立ってきているのは残念だ。『マガジン』に連載されていた作品での「遊び」は十分に許容されるものだろうが、工夫のない手法に移行していったことは容認されるものではないと思う。
 一方で背景的な描画には目を見張る部分がある。特に香港デザート対決で見せた双方の料理はすばらしく、うす彫りのスイカなどはとても美しい。たとえ単発であっても、読者の目を奪わんばかりの作画はなかなか出来ないものではないだろうか。
装 丁  いわゆる少年マンガのそれで、取りたてて強調すべき部分はない。タイトルのロゴやカバー、色づけまで全てがまずまずの平凡な出来。