赤ちゃんと僕 (2005.8.4)〔w〕
かすやかずのり「コミックラボラトリー」 wat(「漫画批評」)
作 者 羅川真里茂
連 載 白泉社『花とゆめ』
単行本 白泉社花とゆめコミックス[全18巻]
白泉社文庫[全10巻]
●「妙にリアル」なエピソードが多いのは取材の賜物か
wat:さあ、ではいきなりですが、よろしくお願いします。で、今回単行本をもう一度最初から読み返してみたんですが。絵が全然違う(※1)んですよね。
かすや:最初と最後で?
wat:はい。
かすや:最初ってどんな絵だったかな……。
wat:始めのほう、絵が汚いんですよ、本当に。人物はまあともかくとして……。
かすや:これ、最初は読切だったんだよね。
wat:そうなんですよね。最初は読切で2回目も読切で……。3回目から連載と。
かすや:読切だったからだろうけど、連載になってからのキャラクターと設定が若干違うねぇ。
wat:なるほど。
かすや:弟を疎ましく思いながらも、内心かわいい、というのが読切時の拓也の設定だったんだけど……。
wat:読切が終わると、可愛く思っちゃってる?
かすや:周りからスーパー子煩悩なお兄ちゃん(※2)として認識されるまでになってる(笑)
wat:「ブラコン」(※3)に、完全になっちゃってますね(笑)
かすや:だから今、読切を読み返すとキャラクターに違和感を覚えるね。
wat:でも、その辺はごまかしてというか、上手く見せているなぁという感じがするんですが。
かすや:まあ、連載の「事情」ってとこかな。それより、「赤ちゃんと僕」ってタイトルは連載になってからの物語とマッチしてない気がする。最初の読切のタイトルとしては成立してるけど。
wat:途中から「赤ちゃん」(※4)じゃなくなっちゃう、と(笑)。
かすや:最初から保育園に入れている(※5)……わけではないのかな?序盤は割と年齢に沿った設定なんだけど、中盤以降は実年齢に対して大人すぎてるよなー。
wat:実はすぐ立てるようになっちゃいますしね。
かすや:子供が立ちあがるのって2歳くらいだから、実は3歳くらいなのかな?「赤僕」は2年間の話だから、実の3歳から5歳頃を描いているという事になる。
wat:でも、その辺のリアリティが重要かと言うと……まあ、タイトルを考えると重要なんですけれども、読んでいてそれがあまり気づかないかもしれない。
かすや:作者には子供はいないと思うんだけど、ところどころ妙にリアルなエピソード(※6)があるんだよね。それがちょっと不思議。
wat:ありますね。
かすや:多分、取材の賜物なんだろうね。
wat:だから僕は、かなりそういう意味で誠実に作っているなと思うんですよ。よくここまで調べて自分で描いたなと。
かすや:そこは掲載誌が月刊誌だったからこそかな。丁寧な下準備というか、時間をかけて作っているな、という気がする。
wat:あんまり突拍子のない話が出てこないじゃないですか。まあ、誘拐事件(※7)があったけど……。
かすや:ああ、あれはやりすぎかもね(笑)
wat:まああれにしても、森口君(※8)のお母さんをあらかじめ警察官にしているし、うまくごまかしているというか、予防的な伏線は張っているわけで。
かすや:それにしてもちょっとやりすぎた感じはする(笑)。3話も引っ張るような話じゃないよね。ホントはもっと書きたかった(※9)、みたいな発言もあったし。
wat:本当だ。3話も使っているんだ。
かすや:この人って、1つのエピソードに要素をすごく盛り込んでしまう傾向がある。ここでもニューハーフの人たちの話、森口君のお母さんの心境、犯人側のドラマ、さらに兄弟愛と実の成長と、いろいろ詰まっているわけで。
wat:それもこれも、キャラクターの作りが上手いからなのかなと思うんですよね。
かすや:読切時点ではどうなることかと思ったんだけど、3話(※10)にゴンちゃん(※11)が出てきた。拓也の友達を登場させることで、その後のマンネリが回避されたとは言えると思う。
wat:なるほど。
かすや:友達を出せば物語の幅は確実に広がるからね。かなり早い段階でゴンちゃんが出てきたのは、先を見越していたのか、あるいは拓也と実だけでは話がもたなくなったのか、そこはわかんないんだけど(笑)
wat:でも、唐突な感じはしませんよね。拓也の友達が出るというのは……。
かすや:そうだね。初めて読んだときにも違和感はなかった。おそらく2話を描いた時点で、家族の事だけで話を進めていくのは無理があるって気づいたんじゃないかな。
wat:ちょっと目先を変えてみるという感じですかね。家族だけだと3人しかいないし……。だから逆に、「お兄ちゃんの僕」に出てくる後輩の大谷さん(※12)。
かすや:女の人?
wat:そうそう。読切時代は3人だけで話が進んでいた分、すごく違和感ありますもんね(笑)
かすや:まあ再読した人ならではの違和感だろうね。確かにこの後で会社の後輩として江戸前君(※13)たちが出てくるから、大谷さんは会社でどういう立場の人だったんだろうと思うよね(笑)
wat:江戸前君とか、安西さん(※14)とか、いろんな人が出てくるんで……それ考えちゃうとね(笑)
かすや:しかも脇役の割に、それぞれが主役を張れるくらい個性が強い。そういう意味でのキャラクター作りは上手いと思う。
wat:そうですね。
かすや:この作者の「いつでもお天気気分」(※15)とかを見ても、キャラクターを作ってから、話を紡いでいくタイプなのかなという気がする。
注釈

※1:大幅な変わり方はしていないようなイメージだが、連載開始時と終了時では絵柄はかなり変わっている。

※2:1巻第3話121頁。
※3:9巻第48話124頁など。実は拓也を「ブラコン」と呼ぶのは、藤井昭広のみである。
※4:「赤ちゃん」の定義論は敢えて行わなかったが、かすやさんのほうがこのあたり、こだわっていた印象。実際に子供がいるかいないかの差か。
※5:最初から入っていました(笑)。1巻1話P10参照。
※6:例えば7巻第34話で実に汗もができた話や12巻第66話で実が眠くて不機嫌になるところ。子供がいないとなかなか思いつかない発想である。
※7:9巻第45話〜47話。拓也・実と森口が誘拐されるが、森口の母と、父の友人たちに助けられる事件。
※8:森口仁志。拓也のクラスメイトで、小学校の生徒会長。森口一家は6巻第32話148頁で初登場。父がスナックの店長、母が婦警であることに触れている。
※9:9巻第47話81頁と第48話101頁の1/4スペースに、それぞれ「2話完結の予定を3話にのばした」「10ページあまりのエピソードをけずった」との記述。
※10:「赤ちゃんと僕」としての3話。ゴンが初登場した1巻第3話109頁。
※11:後藤正。拓也の親友にしてクラスメート。酒屋の息子。
※12:「おおたに」ではなく「おおや」。春美の会社の後輩。1巻「お兄ちゃんの僕」56頁。この話にしか登場していない。
※13:春美の会社の部下。3巻第15話129頁で初登場。マジメキャラが多い「赤僕」では成一、玉館と並び、数少ない「軽い男」。同僚の大森さんが大好き。でも大森さんは春美が大好き。
※14:安西律子。9巻第49〜50話の主人公。春美の会社の先輩で、通称「お局様」。夫1人、娘1人。
※15:問題児の赤馬竜次、チビで童顔の眉村進之介、のっぽの矢野秀が繰り広げる学園コメディ。詳しくは「漫画ガイド」参照。余談だが、「眉村」という苗字はめちゃめちゃ格好いいと思う。
●「少女漫画」の固定観念にとらわれていない少女漫画
かすや:SE(※16)であるお父さんが、仕事上のトラブルを解決するって言う話があったよね。ちゃんと取材協力(※17)が入っていたけど……。
wat:はい
かすや:部下に「課長は仕事をしてない」(※18)っていわれながら、っていわれながら、実は出来るオトコだと。ありがちな話なんだけど、ディティールが妙に細かい。
wat:そうですねえ。
かすや:SEっていうのはこういう仕事だとか、専門用語……例えばライブラリ(※19)はこういうものだっていうのが、ちゃんと調べてある。でも、知らない人が調べて描いたなっていう雰囲気を感じるんだよね。言葉の言い回しなんかが馴染んでない。決して間違ってはいないんだけどね。
wat:微妙にニュアンスが違うんですよね(笑)
かすや:「ホストコンピュータのライブラリ丸ごと消しちまいやがってええ!!」という言い方を、はたしてするものだろうか(笑)
wat:でもこれに限っては、言っているのが部長(※20)だからあり得るかなと思ったんですが。
かすや:なるほど(笑)
wat:むしろいくらSEとはいえ、ホストをそうあっさりと消せるものかなと。そっちのリアリティの方が気になって。
かすや:まあ、そんなに簡単には消せないだろうね。
wat:まあそうはいっても、一般的な漫画の中に入れれば、リアリティという面でも優秀な部類に入ると思うんですけどね。
かすや:うん。
wat:さらに少女漫画という、非常に話が飛躍する作品が多いカテゴリの中で見ると、かなり高いレベルかなと。
かすや:少女漫画で適当に扱われがちな「リアリティ」に関してはこだわってる印象がありますな。
wat:そうですね。
かすや:そもそも、これは少女漫画なんだよね?(笑)
wat:そうですよ。『花とゆめ』ですから(笑)
かすや:『花とゆめ』という雑誌自体にそういう傾向があるんだけど、少女漫画でありながら恋愛モノじゃないんだよね。それが、男でも読める一番の要因になっているわけなんだけど。
wat:僕はそもそも、少女漫画を男が読めない理由って、2つあると思うんです。1つはいわゆる「少女の恋愛」であるからで、それはもう抵抗がない人には問題がないけど、読めない人には全く読めない。
かすや:うんうん。
wat:そしでもう1つは、少女漫画ならではのわかりにくい「文法」(※21)があると思うんですよ。
かすや:それは絵の面で?
wat:絵でも、校正でも、話でも。論理がすごく飛躍するときがあるんですよね。もちろん、それは男性から見てのことなんでしょうけど。それでこの作品には、2つの理由のどちらも存在しないのかなあという気がするんですよね。
かすや:それは、絵というか、画法というか、用いている手法が限りなく少年漫画だからじゃないかな。ところどころ少女漫画の要素は取り入れているんだけど、全体を通してみると、少年漫画の文法なんだよね。
wat:そうしてみるとこの作品は、掲載できない雑誌が限りなく少ない漫画かなという気がしますね。
かすや:それは少年誌でも大丈夫ってこと?
wat:少年誌でも平気だし、『コロコロ』(※22)とかの児童誌でも大丈夫かな。『オリジナル』(※23)くらいでも何とかなるかもしれないかなと。
かすや:確かに完成した作品を見ると、そうかもしれないなあ。
wat:まあ、第1話目の段階では確かに苦しいですが(笑)
かすや:ただ、この「赤ちゃんと僕」という話が生まれたのは、やっぱり『花とゆめ』の力が大きいと思うなあ。
wat:そうですね。
かすや:この連載以前はただの少女漫画というか、「本当の少女漫画」を描いていたわけだし、作者自身も『花とゆめ』にはそういう作品を提供しなければいけない、という気持ちがあったんじゃないかな。それに対して編集サイドが「もっと好きなものを描いていいよ」という懐の広さを見せたんではないかと。
wat:編集者の力が大きいかなということですね。
かすや:元々作者は少年漫画が好きな人だろうし。
wat:デビュー作(※24)が収録されていましたけど。画用紙に書いた(※25)というデビュー作(笑)。これを見ていると、普通の一般人がたまたま絵が上手くて、たまたま漫画を描いたことによって、漫画を描く人がみんな持っている固定観念のようなものがなかったのかなという気がしますね。漫画というか、少女漫画に対する固定観念かな?
※16:システムエンジニア。コンピュータシステムの設計やシステム開発のプロジェクト管理などをする技術者のこと。
※17:7巻第35話96頁。
※18:by江戸前君。7巻第35話74頁「俺達部下に作成させて威張ってるだけだもんなあ」
※19:わざわざ脚注がついている。ちなみにぱ〜ぷ〜OL向けという名目で、山口君(金髪&眼鏡のプログラマー)による、ホストの仕組みについての解説もあり。
※20:山崎部長。後に実にオモチャの車をあげた人物。
※21:例えば、少年漫画や青年漫画ではフキダシ(セリフを入れるスペース)の外に手書きで書かれたネームは添え物であり、読み飛ばしてもストーリーの妨げとはならない。だが、少女漫画の中には細かい書き文字まで読まないと、意味が通じない作品がある。「っポイ!」/やまざき貴子、「美少女戦士セーラームーン」/武内直子、などがその例。ちなみにこの手法を最初に取り入れたのは手塚治虫で、もちろんストーリーと直接関係ないネームのみを書いていた。
※22:『コロコロコミック』。小学館刊。
※23:『ビッグコミックオリジナル』。小学館刊。
※24:6巻に収録されている「ばかでかるくてわがままで」。
※25:3巻巻末187頁と6巻第32話137頁の1/4スペースに解説あり。
●矛盾が少ないのは伏線の張り方が上手いから?
wat:一番僕がこの作者が偉いと思う点についてなんですが。一般的に、いわゆる伏線を張る漫画って優秀だといわれるじゃないですか。
かすや:うん。
wat:で、実際僕も優秀だと思っているんですけど(笑)、この人はそういうタイプじゃないと思うんです。全然伏線はないんですけど、でも伏線があるように感じるんです。それは、自分が描いたものをちゃんと読み返して、描かれた要素を上手く利用しながら描いているのかなと。
かすや:うんうん。
wat:本来、ストーリーを作る人なら誰もが当たり前にやるべきことなんですけど、実際多くの漫画家はそれをやっていないと思うんですよね。よく忘れる。あだち充さんがよく言い訳を作中に描いている(※26)ような(笑)
かすや:あー(笑)
wat:違いますかね?
かすや:うーん。
wat:最後の方で、お花見に行きますよね。そこで熊手君(※27)が犬を探している。
かすや:フランソワーズ(※28)ね(笑)
wat:あの犬が最初に出てきたのって、1話目なんですよね。
かすや:そうそう、フランソワーズに関してはそこで結びついたわけだよね。
wat:そういうところで、僕はちゃんと読み返して描いているんだろうなあと感じるんですが。
かすや:まあ、確かにそういう要素はあるよね。でも、例えば最後にお父さんが勇貴(※29)と再会をするとか、家族の死因が事故死で統一されている(※30)ところとか。きっとこれは、最終回に活かそうってかなり早い段階から決めていたんだと思う。だから、それまでのエピソードで布石を放っておくことができたんではないかと。
wat:ふーむ。
かすや:読み返してすっごく驚いたんだけど、由里子の叔母さん(※31)何気ないあるセリフが後ですごく活きてくるんだよ。両親が結婚したきっかけを拓也に話す(※32)ところで「別にお互いが望んでの結婚じゃなかったの。現にね由加子は妊娠がわかった時、あの男の元を飛び出してるわ」っていうセリフなんだけど。これはその場の思いつきだけで描ける内容じゃない。
wat:そうですね。
かすや:拓也の両親にどんなドラマがあったかを、先に考えておかないと書けない重要なセリフだよね。叔母さんは、その当事者でしか知り得ない情報を探偵に調べさせたって言っているんだけど、これはもう完全に伏線でしょう。その伏線を5巻の時点ですでに張っているわけで。
wat:この「そのことを知っている人がいる」っていうのは勇貴か、そば屋の夫婦(※33)しかいないわけですもんね。
かすや:そう、そういうことまで作ってある。多分、作者の中では割と大河的に物語の大きな流れが設定されていたんだと思う。母親と父親のロマンスがあって、子供ができて、勇貴とのやり取りがあって。さらに最後に実が事故にあって、勇貴の手で救われる(※34)という、流れが前提としてできあがっていて、それをふくらませる感じで、個々のエピソードがポコポコ産み落とされている。
wat:なるほど。
かすや:サーガ的な大きなエピソード以外にも、槍溝さん(※35)の話だとか、サブエピソードがいくつかあって、それを切り分けてちゃんと伏線が張ってある。物語全体を俯瞰で観
たときに矛盾がおきないように伏線を散りばめておく技術はすごいと思う。

wat:そう考えると、そういう伏線を張っている部分と、あとになって気づいて活かしている部分と、それが混在しているかなという印象を受けるんですが。
かすや:そうだね。だから、槍溝さんはともかく、熊手君が最初に好きだった子……。
wat:亜由子ちゃん(※35)ですね。
かすや:そうそう。彼女なんかは、作品を読み返して「使えるキャラ」として発掘してきたんだろうね。
wat:亜由子ちゃん、なんか結構出てくるんですよね(笑)
かすや:なんだかんだいってね(笑)。多分、拓也を好きって言う立場の女の子がいた方が面白いなと。
wat:2人いますもんね。
かすや:ん、3人かな。あと槍溝さんと深谷しな子(※37)と。そういう意味でも、結構先の先まで考えている人だなって印象を受ける。
wat:いや、もちろん僕は先の方を考えていないとは思わないんですが、あとで振り返っている巧さというか、解消され方の巧さが際立って見えたんですよね。
かすや:いずれにしても作者は「矛盾」をスゴク嫌っているような気がする。
wat:ああ、それは確かに。そのあたりが僕がこの作者の作風が好きな由縁でもあるんです。
※26:たとえば「H2」で、主人公国見比呂の誕生日を途中で訂正するところなど。
※27:拓也の隣のクラスで、村田兄弟をいつも引き連れている、顔がコワイ少年。下の名前は不明。
※28:バカ犬と呼ばれている。よく拓也と実は襲われている。熊手君が飼っていたことが後に判明。「ネコ」と名付けていた。
※29:朝日勇貴。高校時代からの春美の友人で、ルームメイトとなる予定だった。ちなみに春美は早稲田、勇貴は日吉に部屋を借りたがっていたため、2人の大学はそれぞれ早稲田、慶応と思われる。後に勇貴は医者になるが、もちろん慶応大学には医学部がある。
※30:春美の両親は13巻第69話で観光バスの事故で死亡。由加子の両親も飛行機事故で、由加子自身も車で事故死している。
※31:逢坂藤子。夫の家系が日舞青柳流家元を世襲しているが、跡継ぎがいないため、登場した5巻26話で拓也を養子にしようと画策する。
※32:5巻第26話150頁。
※33:由加子が一時的に身を寄せた、13巻第73話に登場するそば屋「らがわ庵」の夫婦。
※34:18巻第103話。実を担当した救急医師の1人として再登場する。
※35:槍溝愛(めぐみ)。拓也の隣のクラスの学級委員。変な正確で、「逆セクハラ」が得意技。
※36:中西亜由子。拓也の隣のクラス。ちなみに熊手君の好きになった子は、亜由子ちゃん以外は出てこない。
※37:拓也の同級生。かなり歳のいった両親がいる。3巻第13話で初登場。
●読み返してみて初めてわかる「設定の細かさ」
wat:話が戻りますが、由加子さんとパパの話(※38)。これって、当初は出す気がなかったと思うんです。
かすや:んー、そうかなあ?
wat:これ多分、さっきかすやさんが言ったように、叔母さんが出てくる時点でできているんですよ。できているんだけど、これって描くか描かないか、クリエーターとしては迷うところだと思うんです。
かすや:うーん、僕は多分どっかで描くつもりでいたとは思うんだよね。これだけ、ほとんど1巻まるごと使う量を費やすつもりだったかはともかくとして。そうでないと、春美ちゃんが22歳くらいで結婚(※39)して、34歳で12歳の子供がいるっていることの不自然さとか、既に戸建ての家を持っているという不思議さとかが説明できない。
wat:でも、それはあり得ないことではないと思うんです。一戸建てといっても郊外ですし。だから僕はそこにはあんまり違和感を感じなかったんですね。
かすやまあ、あり得ない話ではないと思うんだけど。僕は初めて読んだときからちょっと気になってたんだよね。
wat:僕は、由加子さんって顔はちょくちょく出ていましたけど、冒頭で殺しちゃっている訳じゃないですか。だから、最後まで出さないのが一種の礼儀かなと思うんですよ。
かすや:うん、それは思った。
wat:で、やるんだったら、よくありがちなのが「番外編」(※40)にしますよね(笑)
かすや:外伝で、連載が終わってからとかね(笑)
wat:でもそれはしなかったわけで。結果的にこの話はいちばん濃密な話になったんで、ここがいちばん好きだという人が多くても肯ける話なんですけど。
かすや:さっきの家の話とか、年齢的に子供が生まれるのが早すぎるとか、最初から「由加子」という名前が出ていたり(※41)とかは、最初から作者の中でサーガができていたことの証明だと思う。それを連載に絡めるかは別として、いずれ描きたいとは思ってたんじゃないかなあ。
wat:話が重複しますが、このエピソードはもう完全に違う話なので「赤ちゃんと僕」ではないんですよね。拓也も実も登場しないし。
かすや:そうだよね。だから作者は、別の漫画用に設定を用意していたのかもしれない。
wat:でも、これが実際には入ってきた。これがあるから、ある種の流れの邪魔というか、阻害されている流れというのもありますけど、反対に物語全体が濃密になっているのかなと。だって、これがないと最後のエピソード(※42)は何もわからないですもんね(笑)
かすや:そうそう、活きてこないよね。
wat:実際、13巻だけ「赤ちゃんと僕」じゃないんですよ。
かすや:ん?
wat:いや、装丁(※43)が(笑)
かすや:あー。なるほどね。でもせっかくなら、1冊まるごと両親の話にしちゃって欲しかったよね。まあ、尺を考えると無理なんだろうけど。
wat:ところで最後のエピソードといえば、終わり方としてはどうなんでしょうか。
かすや:最後ねえ。僕は好きなんだよね。
wat:へー。好きですか?
かすや:好きというか……多分描きたかったものだろうし、逆にこれを描かないと終われなかったんじゃないかな。どこまででも続けられちゃうから。
wat:そうですね。終わらせ方としてすごく巧いんですよね。最終回としてキレイだと思うんです。だって、この事故のきっかけって「くまさん」じゃないですか。というかまあ「くましゃん」ですか(笑)。もう実は、ここまで全編通して(※44)「くましゃんくましゃん」言ってるから、もう納得せざるを得ないくらいの説得力ある話だし。
かすや:うん。
wat:そして、このぶつかった車がたぶんレンタカーだというのが(笑)
かすや:事故を起こしやすい環境が揃っていたわけだ(笑)
wat:この微妙に「わ」ナンバー(※45)だろうと描いているところがマメだなあ(笑)
かすや:ホントだ(笑)。多分旅行に出かけるところだったのかな?
wat:それでこんなでっかいRV系(※46)に乗っちゃって(笑)
かすや:それにしても最終回のエピソードは、まず描けたこと自体がすごい。
wat:すごいですよね。例えば絵の面にしても、数カット前から「ブオー」(※47)って、危ないって言う雰囲気を描いているんですよね。この通りは車の通りが激しいよってことを。まあ、読み進めていく上で、絶対に気づかないようなことですけど……。
かすや:でも、僕は気付いていたよ。初めて読んだときも、ここ危ないな、って思いながら読んでた。なんでだろうなぁ……。
wat:へー、そうですか。読み直してみると、この雰囲気は「事故が起こるな」っていうことはよくわかるんですけどね。
かすや:18巻で最終巻だってことは知っていたから。この辺まで読み進めて、最終回が始まったことに気付いたのかなあ。
【つづく】
※38:13巻第69〜73話。
※39:大学在学中の結婚。
※40:「赤ちゃんと僕」では、藤井家や森口家、幼稚園やソフトウェア・プロダクションの人々の話が随所に登場するため、番外編を作る余地がなかったともいえる。反対に、これほど「番外編」だらけの話を、上手く本編として機能させている手腕はすごい。
※41:初登場は実は5巻第22話。12頁で帰ってきた成一が拓也に問いかけている。
※42:18巻第102話〜103話。実は勇貴の存在も、由加子との出会いも、春美の両親のことも、第103話のネームで全て説明されているため、13巻のエピソードがなくても成立する。ただ父母のエピソードがあったからこそ、ラストの盛り上がりに厚みが出たのは言うまでもない。
※43:「花とゆめコミックス」版の表紙は、13巻以外は全て拓也と実が描かれている。両親の話が描かれた13巻のみ、春美&由加子。
※44:実の「くましゃん」好きは1巻から。第5話182頁では「くまさんのボーシ」、186頁では「弟が好きなんだ、熊さん」と、拓也が間接的に実の好みを語っている。
※45:レンタカーは、ナンバープレートのひらがなの部分が「わ」か「れ」である。詳しくは国土交通省のホームページへ。
※46:レクリエーション・ヴィーグル。悪路走破性を重視した、車高が高い4WD(四輪駆動)の車。近年ではミニバンと区別するため、SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィーグル)ということが多い。主な車種はトヨタランドクルーザー、三菱パジェロなど。実を轢いたのは5ドアの車種だが、そのほとんどは車格が非常に大きく、運転に不慣れな人には扱いにくい。
※47:18巻第103話153頁。